大腸菌に結合したバクテリオファージウイルス(緑)の電子顕微鏡写真。ファージは大腸菌内で増殖した後、外へ出る際に大腸菌を死滅させる/Eye of Science
大腸菌に結合したバクテリオファージウイルス(緑)の電子顕微鏡写真。ファージは大腸菌内で増殖した後、外へ出る際に大腸菌を死滅させる/Eye of Science

人工知能(AI)がChatGPTと同様の方式で新たなウイルス遺伝子を生成した。このウイルスはバクテリアに感染するバクテリオファージである。長年にわたり病原菌を抑えるために用いられてきたウイルスであり、人間を脅かす抗生物質耐性菌を抑えるのに役立つと期待される。同時に悪用されれば致命的な生物兵器になり得るため、安全装置を整えるべきだという懸念も提起された。

米国スタンフォード大学のブライアン・ヒー(Brian Hie)教授の研究チームは「対話型AIの基盤となる大規模言語モデル(LLM)に相当する『ゲノム言語モデル』を活用してバクテリオファージのゲノム(全遺伝情報)を設計した」と6日(現地時間)、国際学術誌サイエンスに発表した。既存ウイルスに耐性を持つ大腸菌も、AIが作ったバクテリオファージDNAに感染した。

バクテリオファージは1896年、英国の細菌学者アーネスト・ハンキンがインドで初めて発見した。1917年、フランスの微生物学者フェリックス・デレルが、ギリシャ語で『バクテリアを食べる』という意味から現在の名称を付けた。略してファージとも呼ぶ。

◇AIチャットボットと同様の方式で作動

スタンフォード大学の研究チームは、OpenAIのChatGPTと同じ方式でDNA塩基配列を解析・生成するEvoという名称のAIモデルを開発した。ChatGPTは連接する可能性が高い単語同士をつなげて人間の質問に答える。事前にインターネットや書籍などから収集した膨大なテキストを基に数年にわたり訓練を受けているために可能になった。

AIによるバクテリオファージゲノム生成の過程/資料 サイエンス、制作 ChatGPT
AIによるバクテリオファージゲノム生成の過程/資料 サイエンス、制作 ChatGPT

Evoも同様の方式で、事前にバクテリオファージのゲノムデータを学習した。ゲノムはあらゆる生命現象を左右する遺伝子全体を意味する。DNAはアデニン(A)・グアニン(G)・シトシン(C)・チミン(T)という4種類の塩基で構成される。生物はこの塩基の並び順に従って、すべての生命活動を左右するタンパク質を合成する。ゲノムデータはこの塩基配列を指す。

スタンフォード大学の研究チームは、Evo1とEvo2という生成型AIに、これまで研究が多く進んだバクテリオファージΦ(ファイ)X-174の11個の遺伝子と、近縁のウイルス約1万5000種の遺伝情報を学習させた。AIはその後、新しいファージのゲノム設計図を数千個生成した。研究チームはそのうち285個を選定し、実験室で実際に塩基をつなぎ合わせてファージゲノムを作製した。

人間はゲノムを成す塩基が30億個にもなるが、ウイルスは数千個にすぎず合成が容易だ。もっとも、これまでのウイルスゲノム合成は既知の情報に基づいたのに対し、今回はAIが新たに自律的に生成した点が異なる。とりわけ当初、大腸菌で生存可能なバクテリオファージは16個にとどまったが、これらのゲノムを混合したところ、既存バクテリオファージに耐性を持つ2種類の大腸菌にも感染した。

英国マンチェスター大学のパトリック・ツァイ(Patrick Cai)教授は「今回の研究は合成ゲノミクスにおける重要なマイルストーンだ」と述べ、「AIが生物の塩基配列を予測する段階を超え、実験室で実際に作動する完全な機能性ゲノムを生成する様子を初めて目撃した」と評価した。

米スタンフォード大学のブライアン・ヒ(左)教授と博士課程のアディティ・マーチャント研究員が、ゲノムAIツール「Evo 2」が生成したタンパク質構造を解析している。研究チームはAIで耐性大腸菌にも感染するバクテリオファージウイルスのゲノムを作成した/米スタンフォード大学
米スタンフォード大学のブライアン・ヒ(左)教授と博士課程のアディティ・マーチャント研究員が、ゲノムAIツール「Evo 2」が生成したタンパク質構造を解析している。研究チームはAIで耐性大腸菌にも感染するバクテリオファージウイルスのゲノムを作成した/米スタンフォード大学

◇耐性菌にも感染、スーパーバグ治療に弾み

研究チームは、今後AIが細菌感染の治療薬となり得るバクテリオファージを作れると明らかにした。バクテリオファージのDNAはバクテリアの複製酵素を利用してウイルスを複製する。バクテリア内に充満したウイルスは細胞膜を破り外へと噴き出す。その過程でバクテリアは死ぬ。

バクテリオファージは、バクテリアに感染し殺す能力のため、発見直後から病原菌の治療薬として脚光を浴びた。1920〜1930年代に赤痢や敗血症など多様な細菌性疾患の治療に用いられた。しかし1940年代にペニシリン系抗生物質が広く使われるにつれ、次第に忘れられた。バクテリオファージ治療薬が復活したのは、抗生物質の誤用・乱用が原因である。

人だけでなく家畜にも抗生物質が無差別に使われ、排せつ物などを通じて自然環境に抗生物質が拡散した。するとバクテリアは抗生物質に打ち勝つ能力を進化させた。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの抗生物質耐性菌は世界中に広がった。いかなる薬も効かないスーパーバグである。AIはこのようなスーパーバグも駆除するファージを作れると期待される。

問題は、同じ方法で致命的な兵器となるウイルスも作り得る点である。ジョンズ・ホプキンス大学保健安全保障センターのトーマス・イングルズビー(Thomas Inglesby)教授とモリッツ・ハンケ(Moritz Hanke)博士は、この日サイエンスに併載された論評論文で、生成型AIに対し感染性がより強い、あるいは致死率がより高いインフルエンザのゲノムを作るよう求めることもできると懸念を示した。

スタンフォード大学の研究チームもこうした懸念を踏まえ、AIが学習する過程で動植物や人間に感染するウイルスの遺伝情報は提供しなかったと明らかにした。さらに研究チームは「今回の研究は、AIのゲノム設計プロセス全般にわたり専門家の監督と強力な安全装置が必要であることを示す」とし、「今後、ゲノム設計研究を実施する研究者は、プロジェクトの全過程にわたり安全・セキュリティの専門家と協議すべきだ」と述べた。

論評論文の著者らは「今回の著者らは、強力な生物学的AIモデルを開発する大多数の研究者よりはるかに慎重に生物安全と生物保安の問題にアプローチしている」としつつも、「生成型AIを用いてウイルスゲノムを構成する能力は既に存在するが、これを安全に管理するガバナンス(管理体制)はまだ整っていない」と明らかにした。

参考資料

Science(2026)、DOI: https://doi.org/10.1126/science.aec2657

bioRxiv(2025)、DOI: https://doi.org/10.1101/2025.09.12.675911

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