サムスン電子が米国の遺伝子解析装置企業エリメント・バイオサイエンス(Element Biosciences)に1億7,500万ドル(約2,670億ウォン)を追加出資し、筆頭株主の地位を確保した。
2024年の初回出資以降、投資規模を拡大し最大株主に上り詰めたということだ。ただしエリメントの経営権は既存の創業陣が維持する。
業界では最近のサムスン電子のヘルスケア投資の動きが、ゲノム解析装置、がん早期診断、デジタルヘルスプラットフォームへとつながる精密医療のバリューチェーン構築と結び付いているとの分析も出ている。今回の出資をデジタルヘルスケア・精密医療産業での主導権確保に向けた戦略的な動きとみる見方もある。
◇エリメントはイルミナの独走を揺さぶるか
業界ではサムスン電子の今回の出資を、ゲノム解析技術の構造的な限界を狙った戦略的選択と解釈している。
ゲノム解析技術はこれまでDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列を読むことに注力してきた。だがDNA情報だけでは、疾病が実際にどのように発生し進行するかを十分に説明しにくいという限界が指摘されてきた。遺伝情報に加え、RNA(リボ核酸)の発現、タンパク質の相互作用、細胞環境の変化など多様な生体要素が複合的に作用するためである。
こうした限界を越える技術として「マルチオミクス(Multiomics)」が注目されている。これはDNAだけでなくRNA、タンパク質など多様な生体情報を併せて解析し、疾病の発生過程と生体反応を統合的に解釈する手法である。主に疾病研究や新薬開発などのR&D分野で活用されている。
従来方式が各データを個別に解析した後に結合する構造だったのに対し、マルチオミクスはDNA、RNA、タンパク質など複数の生体情報を一つの解析体系の中で同時に処理するアプローチである。これにより疾病解釈の精度を高め、解析範囲を拡張できるのが強みだ。
このような技術的進展は、グローバルなゲノム解析市場の地形にも影響を及ぼしている。現在の市場は米国イルミナ(Illumina)が事実上の標準プラットフォームとして定着し、長期間独走体制を維持してきた。
しかし高額装置中心の構造と消耗品依存型の収益モデルは、業界全体のコスト負担要因として指摘されてきた。
2017年に米国サンディエゴで設立されたエリメント・バイオサイエンスは、ゲノム解析の正確度を99.99%水準まで高めたDNAシーケンシング技術を武器に成長した企業である。
同社が2022年に発売した中型DNAシーケンシング装置「アビティ(AVITI)」は、イルミナ中心の市場に挑む主力製品である。昨年披露した「アビティ24」は、ゲノム情報と細胞の変化を時間軸で解析できる機能を前面に出し、マルチオミクス領域の拡張を狙った。
今年公開した高スループットNGS装置「ビタリ(VITARI)」は、大量のゲノムデータを迅速に解析できる次世代製品であり、大規模ゲノム解析のコスト低減に焦点を当てている。
エリメントが▲既存シーケンシング市場に対する代替可能性▲解析コストの削減▲マルチオミクスの拡張性という三つの競争力を前面に押し出し、ゲノム解析市場を攻略しているとの分析が出ている。
◇精密医療投資のパズルを埋めるサムスン
サムスン電子の今回の出資を単なる財務的投資だけと見るのは難しいという解釈もある。
最近サムスンは精密医療全般へ投資範囲を広げている。サムスン電子は2021年に血液ベースのがん早期診断企業グレイル(GRAIL)に出資し、昨年には米国のデジタルヘルスケアプラットフォーム企業ゼルス(Xealth)を買収した。
今回のエリメント出資が加わり、ゲノム解析、がん診断、デジタルヘルスプラットフォームなど精密医療関連の投資領域が一段と拡大したとの評価が出ている。
各企業の役割も異なる。エリメントはゲノムデータを生成するシーケンシング技術の企業であり、グレイルはゲノムデータを活用してがんを早期診断する企業である。ゼルスは病院と患者をデジタルヘルスケアサービスでつなぐプラットフォームを提供する。
業界では今回の出資が、精密医療産業の核心資産とされるゲノムデータの価値に着目した結果だとの分析も出ている。ゲノム解析はがん診断だけでなく、新薬開発、疾病予測、個別化治療など多様な分野の基盤技術として活用されているためである。
サムスンはすでに医療・ヘルスケア分野全般にわたる事業基盤を備えている。サムスンメディソンは超音波診断装置など医用画像装置事業を展開し、サムスンソウル病院は大規模な臨床データを蓄積している。サムスン電子はギャラクシーウォッチとギャラクシーリング、サムスンヘルスを通じて、睡眠・心拍数・活動量などの生活健康データを確保している。サムスンバイオロジクスとサムスンバイオエピスも、バイオ医薬品の生産とバイオシミラー開発分野で事業基盤を構築している。
業界の一部では、サムスン電子が半導体とディスプレー産業で核心インフラの競争力を確保して成長してきたように、精密医療分野でも基盤技術の戦略的価値に注目しているとの解釈もある。
業界関係者は「今回の出資拡大で、診断サービスそのものよりゲノム解析技術とデータ生成能力に投資の比重が置かれたが、これはサムスン特有の『基盤技術中心の投資アプローチ』でもある」との見解を示した。
ただし、投資の成果が出るまでにはやや時間がかかる見通しだ。グローバルなゲノム解析市場は依然としてイルミナが主導しているうえ、マルチオミクスは研究・開発中心の市場にとどまっている。エリメントがコスト競争力と技術の差別化を土台に、意味のある市場シェアを確保できるかが焦点だ。
ノ・テムン サムスン電子社長は今回の出資に関連して「サムスン電子のAI、医療機器、デジタルヘルスの専門性とエリメントの革新的なゲノム解析技術が結合し、個別化医療の未来に向けたシナジーが創出される」と明らかにした。