「年金より筋肉」という言い回しがある。幸福な老後のためには金より筋肉が重要だという意味だ。老化が異常に速く進みフレイルになると筋肉が急減し、病気にかかりやすく回復もしにくくなる。科学者が筋肉という自然の年金を蓄える方法を見いだした。筋肉幹細胞の機能を復元する回春治療である。
米国デューク大学医学部のジェームズ・ホワイト(James White)教授の研究チームは「年老いたマウスの筋肉幹細胞を体外で若返らせてから再び老いたマウスに注入すると、筋肉が若いマウスのように再生することを確認した」と15日、国際学術誌「ネイチャー・エイジング」に発表した。
筋肉が損傷すると筋膜にある幹細胞が細胞を再生する。しかし加齢に伴い筋肉幹細胞は減少し、細胞再生力も落ちる。デューク大学の研究チームは筋肉幹細胞の生体時計を逆行させるリプログラミング、すなわち逆分化を誘導して筋肉を回春させた。
◇脂肪酸産生を高めて筋細胞を増やす
研究チームは筋肉幹細胞の老化はグルタミン分解酵素の減少が原因であることを突き止めた。人に換算して70代に相当する生後24カ月のマウスから筋肉幹細胞を抽出し、30代に相当する生後6カ月のマウスの筋肉幹細胞と比較した。老いた筋肉幹細胞はグルタミン分解酵素が51%少なかった。
グルタミン分解酵素は筋肉再生に決定的な役割を果たす。幹細胞が筋細胞へと成長するには大きさが数倍に大きくならなければならない。その分、細胞膜を形成しエネルギー源として用いる脂肪酸が多く必要だ。グルタミン分解酵素はパルミチン酸やオレイン酸といった脂肪酸を作る。
研究チームは筋肉幹細胞の逆老化に成功した。人体に無害なウイルスを介してグルタミン分解酵素を作る遺伝子を、生後24カ月のマウスから抽出した筋肉幹細胞に追加した。この幹細胞を同じ年齢のマウスに再注入すると筋線維の断面積が45%も拡大した。遺伝子追加なしに老いたマウスの筋肉幹細胞にパルミチン酸、オレイン酸を加えても同様の筋肉再生効果が現れた。
言い換えれば、老化した筋肉幹細胞で大きく減った酵素遺伝子をウイルスに載せて補えば、グルタミンを分解してパルミチン酸、オレイン酸といった脂肪酸をよりよく作れるということだ。このように筋肉幹細胞が回春すると筋肉が大きくなり運動能力が向上するだけでなく、負傷してもすぐに回復した。筋肉年金が積み上がったというわけだ。
だからといって脂肪酸を食べて筋肉を大きくすることはできないと研究チームは強調した。食品として補った脂肪酸は筋肉幹細胞までほとんど届かないためだ。研究チームはむしろ脂肪酸を過度に摂取するとがん細胞に栄養を与える逆効果が出る可能性があると警告した。
また幹細胞の回春も、老化が異常に速く進んでフレイルになった人にこそ効果があり、運動選手のようにすでに筋肉幹細胞が充満している人はこの方法で筋肉をさらに大きくすることはできないと付け加えた。幹細胞の回春が、運動選手が身体能力を一時的に高めるドーピング手段にはなり得ないということだ。
◇幹細胞の臨床試験で筋肉回春効果
幹細胞の逆老化は動物実験で効果を確認したが、まだ人体では有効性と安全性を試験していない。代わりに筋肉幹細胞を注入する治療は、すでにヒト対象の臨床試験で筋肉再生効果を示した。
米国マイアミ大学医学部のジョシュア・ヘア(Joshua hare)教授は2月、国際学術誌「セル・ステムセル」に、フレイル患者に筋肉を作る骨髄幹細胞を注射したところ歩行距離が20%伸びたと明らかにした。骨の内部にある骨髄の間葉系幹細胞は、筋肉や軟骨、骨、脂肪など多様な組織細胞へ成長できる成体幹細胞である。
ヘア教授が創業したバイオ企業ロングジェベロンは、18〜45歳の健康な成人の骨髄から幹細胞を抽出した。これを体外で培養して細胞数を数億個に増やし、フレイルと診断された高齢患者に静脈注射で投与した。9カ月後、幹細胞注射を受けた患者は偽薬を投与した対照群より6分間で60m多く歩いた。筋細胞が再生し筋力が向上したおかげだ。
ヘア教授は「フレイルの程度を1点(非常に健康)から9点(深刻なフレイル)で評価したところ、幹細胞治療を受けた患者の3分の1が2〜3点に回復した」と述べ、「これ以上フレイルではないという意味だ」と明らかにした。英国老年学会によると重度フレイル患者は1年以内に死亡する確率が他の人より5倍高い。幹細胞で得た筋肉年金が命を救うわけだ。
参考資料
Nature Aging(2026), DOI: https://doi.org/10.1038/s43587-026-01120-3
Cell Stem Cell(2026), DOI: https://doi.org/10.1016/j.stem.2026.01.017