コンクリートは現代文明の象徴である。土とわらで作った家がれんが造りに変わったよりもはるかに短い時間で、空へとそびえ立つ都市の摩天楼を生み出した。逆説的だが、文明の破壊もまたコンクリートが最も雄弁に物語る。崩れ落ちたコンクリートのがれきほど地震や戦争の恐怖を訴える現場がほかにあるだろうか。コンクリートが沈み込む瞬間、その中に宿り暮らした人々の夢までも消え去った。
米国マサチューセッツ工科大学(MIT)土木環境工学科のアドミル・マシチ教授は、戦争を逃れてボスニアを脱出した難民出身である。幼少期に文明の破壊現場を目撃したマシチ教授は、科学者として成長し、崩れないコンクリートを夢見ている。コンクリートが自ら亀裂を治癒する方法だ。コンクリートは地球温暖化にも一役買っている。製造過程で人類が排出する温室効果ガスの8%が生じる。コンクリートが長持ちすれば温暖化の抑制に寄与できる。
手がかりは古代ローマにあった。ローマ人がコンクリートで築いた建物や水路、防波堤は2000年が過ぎた今も原形を保っている。紀元前27年にローマ初代皇帝となったアウグストゥスは「私はれんがの都市ローマを受け継ぎ、大理石の都市として残した」と述べた。大理石は仕上げ材にすぎず、今日までパンテオンやコロッセオを支えた主役はまさにコンクリートであった。陸上はもちろん海中の防波堤も往時の姿のままだ。
現代人が作るコンクリートは50年ももたずにぼろぼろになる。ローマコンクリートの長寿の秘訣は「自己治癒」能力にあった。マシチ教授は先月9日、国際学術誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に、古代ローマ人が現代とは異なる方法でコンクリートを製造し、亀裂部が自ら復元し得ると明らかにした。現代と異なる古代ローマの「スーパーコンクリート」製法を突き止めたのだ。
割れても再び付着するローマコンクリート
コンクリートは石灰石成分のセメントに砂と砂利、水を混ぜて作る。砂と砂利が建物の体積を満たし強度を高める骨材だとすれば、セメントは水と反応して硬化する接着剤の役割をする。古代ローマ人がコンクリートを作った方法も似ている。ではなぜ古代ローマのコンクリート建造物はそれほど堅固なのか。
ローマ人も現在と同様に炭酸カルシウム(CaCO₃)成分の石灰石を焼いて粉にし、セメントを作った。すなわち酸化カルシウム(CaO)である生石灰だ。ここに水を混ぜたものが水酸化カルシウム(Ca(OH)₂)である消石灰である。ローマの建築家ウィトルウィウスは紀元前1世紀に著した『建築論(De architectura)』で、石灰に水を加えて練り物のような材料を先に作り、その後に火山灰のような別の材料と混合したと記した。消石灰が先で、その後に他の材料が追加されたということだ。原理は今日のコンクリート製法と大きく違わない。
マシチ教授は2023年、紀元前4世紀のコンクリート城壁を分析した結果を発表した。イタリア中部プリウェルヌムの考古学遺跡で見つかった城壁を調べると、その中にミリ単位の小さな石灰質の塊があった。古代コンクリートの自己治癒成分を見つけたのだ。コンクリートに亀裂が生じて雨水が入り込むと、この石灰質の塊が溶け、再び石灰石として硬化して隙間を埋めて封合する。
問題は、ウィトルウィウスが著書に記したとおりにすると、古代コンクリートで観察される石灰質の塊が生じない点だった。マシチ教授は、ウィトルウィウスの記録とは異なり、古代ローマ人は生石灰と火山灰を先に混ぜ、その後に水を加えたとみた。そうすると激しい化学反応が起こり、莫大な熱が発生する。いわゆる熱混合法である。
練りを作る際に熱が出ると、コンクリートはより速く硬化して強固になる。とりわけその過程で一部は摂氏400度まで温度が上がり、小さな石灰質の塊になった。まさに亀裂を「治療」する成分が生まれたのだ。
ポンペイに残ったタイムカプセルで新理論を立証
ウィトルウィウスの言説は、彼が生きた当時はもちろん後世に至るまで誰も疑義を呈し得なかった権威を持っていた。彼の人体比例理論が代表的だ。ウィトルウィウスは『建築論』で、人体が手足を大の字にまっすぐ伸ばすと指先とつま先が円の周囲に触れ、へそが円の中心になると述べた。身長は伸ばした腕の長さと等しく、人体は辺の長さがすべて等しい正方形にも当てはまるとした。
実際の人体比例は彼の言説とは異なっていたが、後世の芸術家たちは反論できなかった。人体比例図を描く際、ウィトルウィウスの言に合わせるために人の体をねじり、円と正方形の中に押し込んだ。ウィトルウィウスの主張に挑んだのは、まさにルネサンスを代表する天才レオナルド・ダ・ヴィンチだった。
ダ・ヴィンチは「ウィトルウィウス的人体」を描くにあたり、人体の実地観察に基づく結果として正方形を円からやや外れるようにした。円の中には、ウィトルウィウスの言うとおり、手足を広げてへそが中心に来る男性を描いた。しかし両足を揃えて立つ姿の図も重ね描きし、正方形の底に届くようにした。また正方形の中心はへそではなく性器付近だった。
マシチ教授もローマ遺跡を直接研究し、ウィトルウィウスの権威に対抗する証拠を見いだした。前述のコンクリート城壁から出た石灰質の塊である。ただし、それも意図的に作られたのではなく、一種の不純物である可能性もあった。確かな証拠がさらに必要だった。マシチ教授は2023年に再発掘されたポンペイ遺跡で決定的証拠を見つけた。
6mの厚さの火山灰に覆われていたポンペイ遺跡は、西暦79年にヴェスヴィオ火山が噴火した当時、住宅を修理する現場を生々しく伝えていた。先にマシチ教授が主張したとおり、水が入る前にまず生石灰と火山灰が混ざった材料が見つかった。ここに後から水を混ぜて作られた壁も見つかった。建築道具も出土した。古代ローマ人の建築現場を収めたタイムカプセルを見つけた格好だ。マシチ教授は「タイムカプセルを開け、西暦79年にコンクリートを作る人々を見守る時間旅行をするような感覚を忘れられない」と述べた。
科学に希望を見いだした戦争難民の少年
マシチ教授は古代ローマのコンクリート技術を商用化する会社を設立し、今日の人類が直面する課題の解決に乗り出した。建設産業は温暖化の一因として指摘されてきた。主材料であるセメントを製造する際に温室効果ガスが大量に放出されるためだ。摂氏1500度以上の高温で石灰石を焼く過程で、質量の44%を占める二酸化炭素が外へ放出される。また高温を維持するためのエネルギーを得る過程でも二酸化炭素が排出される。
ローマ方式のコンクリートは寿命が長く、現在より使用量を減らせる。その分、温室効果ガスの排出も減らせる。コンクリートがむしろ環境配慮型素材として再生するのだ。研究チームは実験を通じてその可能性を確認した。
古代ローマ人の方式でコンクリートを作り、意図的に亀裂を入れた。水を流すと、予想どおり2週間以内に亀裂が完全に埋まり、水はそれ以上流れなかった。現代方式で作ったコンクリートは亀裂がそのまま残り、水が通り続けた。マシチ教授は、今後は長持ちする自己治癒コンクリートだけでなく、二酸化炭素を吸収するコンクリートも開発すると明らかにした。
マシチ教授は、幼い頃から科学が希望だったと語った。高校に入学する直前にボスニア紛争が勃発した。戦車で家が壊れると、家族とともに隣国クロアチアへ避難した。難民キャンプでマシチ教授は希望をもたらす「魔法」を見つけたと述べた。すなわち化学だった。難民は正規の学校に通えなかったが、ある教師の助けで授業を聴講できた。マシチ教授は科学知識をスポンジのように吸収した。授業を聴講してわずか6カ月で地域の化学コンテストに出場し、優勝した。
その後、法律改正のおかげで正式に高校を卒業し、イタリアの大学に進学して化学の博士号を取得した。奇しくも博士課程で研究したのは、古代ローマ人の知恵が込められた羊皮紙だった。後に古文書の修復会社も立ち上げた。古代コンクリートの秘密を解き明かしたのも偶然ではなかったことになる。
マシチ教授は自身の経験を共有するため、2017年にMITで難民向けのコンピューター科学教育プログラム「難民行動ハブ(ReACT・Refugee Action Hub)」を設立した。毎年数千人がこのプログラムを経て、マイクロソフト・Meta(メタ)といった世界的な情報通信技術(ICT)企業に就職した。もしかすると、その中から世界的な科学者が生まれるかもしれない。
オマル・ヤギ米国カリフォルニア大学バークレー校教授は、大気中から水分を吸着する金属有機構造体を発見した功績で2025年ノーベル化学賞を受けた。ヤギ教授もまた、マシチ教授と同様にヨルダンのパレスチナ難民の家庭で育った。
ヤギ教授はノーベル賞受賞発表後のメディアインタビューで「幼い頃は一滴一滴の水が本当に貴重だった」とし、「週に二時間ほどしか使えない水を得るため、夜明けに起きてバルブを開けなければならなかった」と述べた。難民少年の切実な経験が、人類の水不足問題の解決へと導いたのだ。あらゆる災いが飛び出したパンドラの箱から最後に出てきたのが希望だという。戦争難民から世界を救う科学者へと成長した彼らこそ、その希望ではないか。