シロアリはアリと並んで地球で最も成功した動物とされる。アフリカのサバンナからソウル景福宮の柱まで、数百から数百万匹単位で群居している。どうしてこの小さな昆虫が2億年以上にわたり、複雑な社会を構築して繁栄してきたのか。答えは群れを率いる王と女王の揺るがぬ愛にあった。
オーストラリアのシドニー大学生命環境科学部のネイサン・ロウ教授の研究チームは「シロアリが複雑な社会を築けた原動力は、女王と王が継続的に共に生き、遺伝子を付け加えるのではなく逆に減らしてきた点にある」と30日、国際学術誌「サイエンス」に発表した。今回の研究には中国とデンマークの科学者も参加した。
◇遺伝子は減り社会は複雑化
シロアリはアリと同様に社会生活を送るが、名前が似ているだけで全く別の昆虫である。シロアリはゴキブリ目に属し、アリはハチ目の一員である。形態もアリと異なり、触角はまっすぐ伸び、くびれがない。科学者は、シロアリが恐竜全盛期の2億年前に単独生活をしていたゴキブリから分かれたと推定する。アリは1億年前にスズメバチから分岐した。
ロウ教授の研究チームは、シロアリの遺伝子がこれまでどのように変化したかを明らかにするため、単独で生きるゴキブリと小規模な家族集団を成すキゴキブリ、群居生活をする複数のシロアリ種のゲノムを解読して比較した。驚くべきことに、群れで暮らすシロアリとキゴキブリのゲノムは、単独生活のゴキブリより小さく単純だった。複雑な社会を成すには遺伝情報が多いはずだという考えとは正反対の結果であった。
シロアリで失われた代表例は、精子の尾を作る遺伝子だった。ゴキブリを含め多くの動物は、1匹の雌が複数の雄と交尾する。そのため複数の雄由来の精子が、より早く卵に到達しようと競争した。その結果、精子に鞭のように動く尾が生じた。シロアリの精子には尾がない。研究チームは、シロアリの祖先が一夫一妻を選択したことで精子間競争が消え、尾も不要になったと説明した。
シロアリの群集では女王と王を中心に働きアリと兵アリが協力し、餌を共有するなかで、消化や代謝、生殖関連の遺伝子も大幅に減少した。自然界で単独で生きるには作物を育て、加工し、調理するまでの全知識が必要だが、社会が発展するにつれて農夫、パン職人、料理人が分業化したのと同じである。
◇繁殖方法もアリと異なる進化
アリの社会では、女王アリの卵が雄の精子と出会い受精すると、すべて雌である女王アリか働きアリになる。雄は遺伝子が雌の半分である。女王アリの産んだ卵が精子なしでそのまま成長して雄になるためだ。無性生殖、あるいは単為生殖と呼ばれる過程である。
シロアリは繁殖方法もアリと異なる。女王の卵子と王の精子が出会うと、雌雄がともに生まれる。生殖できない働き手と兵が生まれ、生殖能力があり後に女王と王になる王女、王子も生じる。ロウ教授の研究チームは、受精卵の生殖可能性は幼虫段階で決まることも明らかにした。
観察の結果、兄弟姉妹から餌を豊富に供給されたシロアリ幼虫はエネルギー代謝が発達し、繁殖しない働き手や兵になった。働かない王女と王子は幼虫段階で餌を少なく与えられた。ロウ教授は「餌の供給方式を変えることで群集の労働力を精密に調整している」とし「シロアリが長期にわたり安定的かつ効率的な社会を維持する方式だ」と述べた。
シロアリ社会の一夫一妻制は、女王が先に死んでも終わらない。初代女王が王より先に死ぬと、王女の1匹が直ちに2代目女王となり王と交尾する。問題は、この近親交配が遺伝的欠陥を招きかねない点である。2代目女王の遺伝子には父である王の遺伝子が半分含まれるためだ。王にだけ存在し潜伏していた有害遺伝子が女王にもあれば、子孫で対となって作動しうる。近親交配による遺伝的欠陥はこのように生じる。
ヤマトシロアリ(学名Reticulitermes speratus)では、そのような事態は起きなかった。日本の岡山大学のマツウラ・ケンジ教授の研究チームは2009年、国際学術誌「サイエンス」に、ヤマトシロアリの群集では女王が無性生殖によって近親交配の問題を解決すると発表した。
ヤマトシロアリの群集では初代王の多くは存命だったが、女王はそれより寿命が短く、2代目女王が多数見つかった。驚くべきことに、2代目女王は初代女王と遺伝子が同一だった。初代女王が老いると、王と交尾せず、卵が精子なしで成長する無性生殖により代理の女王を作るためだ。初代女王が死ねば、遺伝的に複製体である2代目女王がその座を継ぎ、既存の王と血統を引き継ぐ。
◇シロアリ女王の長寿も一夫一妻のおかげ
シロアリの群集では女王は一目でわかる。働き手や兵は体長が数mmにとどまるが、女王は産卵する腹部が膨張し、体長が10cmを優に超える。女王シロアリは全盛期には1日に3万個以上の卵を産むこともある。女王アリより10倍も多く産む。ところが寿命は20年以上で同程度だ。
シロアリ女王がこれほど多産でありながら長寿である理由は、遺伝子損傷を防ぐ仕組みがあるためだ。ドイツのフライブルク大学のユディト・コルプ教授は2018年、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に、アフリカのサバンナに生息するシロアリ(Macrotermes bellicosus)が働き手より長生きするのは、トランスポゾン(jumping gene、跳躍遺伝子)を抑制するためだと発表した。
トランスポゾンは文字通り飛び跳ねるようにDNA上の位置を短期間で容易に変える遺伝子だ。米国の女性科学者バーバラ・マクリントック博士はトウモロコシでトランスポゾンを初めて発見し、1983年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。トランスポゾンは他所へ移動して本来の遺伝子機能を抑え、欠陥を引き起こす。
解析の結果、女王や王はトランスポゾンを無力化するシグナル経路を稼働させていた。一方、老いた働き手のシロアリではこの経路が抑制され、トランスポゾンが自由に跳躍していた。なぜ働き手や兵ではトランスポゾンを抑えないのか。ユディト教授は、シロアリの群集単位でエネルギーを効率的に使うためだと説明した。
女王や王のように繁殖する個体は、トランスポゾンを抑制して寿命を延ばしてこそ子孫を増やせる。一方、働き手や兵は数が多く、いつでも交代可能であるため、そのために労を費やしてエネルギーを浪費する必要はないということだ。個体の観点では苛酷な決定だが、群集の観点では賢明な選択である。シロアリがゴキブリから進化し2億年を耐え抜いてきたのには理由があった。
参考資料
Science(2026), DOI: https://doi.org/10.1126/science.adt2178
PNAS(2018), DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.1804046115
Science(2009), DOI: https://doi.org/10.1126/science.1169702