来年、米国は半世紀ぶりに月軌道へ宇宙飛行士を送り、中国は深さ11kmの海底地殻掘削に乗り出す。日本とインドはそれぞれ火星と太陽の探査機を打ち上げ、英国は50種類のがんを診断する血液検査の臨床試験結果を発表する。実験室には人工知能(AI)科学者が本格的に導入され、科学研究の様相を一変させる。国際学術誌ネイチャーは18日(現地時間)、こうした内容で2026年に科学界で注目される出来事を選定し発表した。
◇宇宙先進国の探査競争が過熱
ネイチャーは、宇宙先進国の探査競争が来年も激化すると見通した。米国は1972年のアポロ17号以来中断していた有人の月探査を半世紀ぶりにアルテミス計画で再開した。2022年にアルテミス1号が無人試験打ち上げに成功し、来年2月ごろにはアルテミス2号がオリオン宇宙船に搭乗して月周回を飛行する4人の宇宙飛行士を月軌道へ送る予定だ。10日間行われるこの飛行は1970年代以降初の有人月探査任務で、2027年のアルテミス3号の宇宙飛行士月面着陸任務の準備に資する見込みだ。
中国も8月に次期月無人探査機である嫦娥7号の打ち上げを準備している。嫦娥7号は岩石とクレーターが散在する月の南極に着陸するため、衝撃吸収機能を備えたジャンプ型宇宙船として開発された。嫦娥7号は月南極に豊富に存在する氷を探査し、月の地震も研究する予定だ。先立って2023年にはインドのチャンドラヤーン3号が初めて月南極近くに着陸した。
欧州と日本、インドは月の彼方の深宇宙を探査する。日本は火星の2つの衛星であるフォボスとダイモスを探査するMMX(Martian Moons eXploration・火星衛星探査)を打ち上げる。この宇宙機はフォボス表面の土壌サンプルを採取し、2031年に地球へ帰還する予定だ。欧州宇宙機関(ESA)は来年末に系外惑星探査衛星プラト(PLATO)を打ち上げる。プラトは搭載カメラ26台で20万個以上の明るい恒星を観測し、水が存在し得る温度の「地球型惑星」を識別する予定だ。
インド初の太陽探査機アディティヤL1は、太陽活動の極大期を近接観測する。足元で太陽は11年ぶりに太陽活動の極大期に入った。極大期に高エネルギー粒子が放出されると、人工衛星や通信、電力網にも影響を及ぼし得るため、継続的な観測が必要だ。アディティヤL1は昨年から地球から約150万km離れた地点で太陽を継続観測できる軌道を確保している。
◇科学者の列に加わる人工知能
人工知能(AI)は今年、科学研究で飛躍的な進展を遂げた。科学者はAIの機械学習とディープラーニングを用いて新薬候補となるタンパク質を設計した。機械学習は事前のプログラミングなしに大規模データを学習し自ら方法を見いだすAI技術である。ディープラーニングは人間の神経構造を模倣した深層機械学習の手法である。
AIによる科学研究は今後も継続すると見込まれる。ネイチャーは、複数の大規模言語モデル(LLM)を統合して人間が行っていた作業を代替するソフトウエアであるAIエージェントが一段と広範に活用され、一部は人間の監督なしでも作動すると予測した。LLMはChatGPTのように人間が作成した無数の文章を学習し、人が話すような自然な対話が可能だ。同じ手法で、求める文章の作成もできる。
来年にはAIが主導した最初の重大な科学的前進が実現する可能性があるとネイチャーは予測した。しかし科学研究にAIをより多く用いるにつれ、一部システムの深刻な欠陥も顕在化し得る。科学者はすでに、AIエージェントがデータ削除のような誤りを犯しやすい点を報告している。
◇遺伝子編集とがん血液診断も進展
今年初めて、遺伝性疾患を持つ乳児に対する遺伝子編集の臨床試験が成功した。米国フィラデルフィア小児病院の研究チームは今年、KJマルドゥーンという乳児に世界初の個別化遺伝子編集治療を実施した。マルドゥーンはタンパク質が適切に分解されない希少遺伝性疾患である重症CPS1欠損症を抱えて生まれた。マルドゥーンは生後6カ月からCRISPR遺伝子はさみで問題となる遺伝子を編集する治療を3回受け、自力で座り始めるほどに運動機能を回復した。
来年も希少遺伝疾患を持つ小児患者を対象とする遺伝子編集の臨床試験が2件進む。マルドゥーンを治療した研究チームは米食品医薬品局(FDA)の承認を得て、フィラデルフィアで追加の臨床試験を進める計画だ。研究チームはマルドゥーンの治療に用いた方式で7個の変異遺伝子変異を編集することにした。別の研究チームも来年、免疫系の遺伝性疾患を対象に類似の臨床試験を開始する。
◇海底を貫き素粒子を解き明かす巨大装置
超大型の実験装置も注目される。来年、中国の海洋掘削船「夢想号」が初の科学探査に乗り出す。夢想号は海洋地殻を最大11kmの深さまで掘削して試料を採取する。これにより、海底がどのように形成され、何が地殻活動を駆動するのかを解明する計画だ。
スイス・ジュネーブ近郊にある欧州原子核研究機構(CERN)は来年、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の大規模アップグレードを実施する。LHCはスイスとフランスの国境地下に位置する世界最大の粒子加速器で、周長は27kmに達する。宇宙が誕生したビッグバン(大爆発)当時を再現し、宇宙誕生の謎を解き明かす地上最大の科学実験装置である。陽子を光速に近い速度まで加速して衝突させ、その際に出現する基本粒子を研究する。
米フェルミ国立加速器研究所は来年4月までにMu2e検出器の建設を完了する計画だ。Mu2eは「ミューオン—電子変換」の英語頭字語である。素粒子物理学者は、基本粒子の一つであるミューオンを原子核に衝突させて電子へと変わるかを直接検出できれば、素粒子物理学の根本的理解を変える発見になり得ると期待する。データ収集は装置調整後の2027年に開始される予定だ。
◇科学に影を落とすトランプの2年目
ドナルド・トランプ米大統領が科学に与えた衝撃波は2026年にも続く見通しだ。トランプの任期初年は米国の科学政策に大きな変化をもたらした。科学予算の削減をめぐるホワイトハウスと議会の対立は続くとみられる。ワクチン反対論者が保健当局を率い、公衆衛生政策も揺らいだ。米国の気候変動対策も弱体化し得る。
米大学は留学生と科学者の移動を制限し得る移民関連規制を解決しなければならない。研究機関は連邦補助金と雇用削減をめぐって法廷闘争に巻き込まれる可能性がある。ネイチャーは「トランプ政権は国家の研究優先順位を人工知能(AI)と量子技術へ再調整した」とし、「一部の研究者はこれを歓迎するが、別の研究者は他分野から資源が流出することを懸念している」と分析した。
参考資料
Nature(2025)、DOI: https://doi.org/10.1038/d41586-025-03673-6