帯状疱疹ワクチンが高齢期の認知症発症リスクを大きく下げる可能性があるとの研究結果が示された。認知症を確実に予防する方法がほとんどない状況で、新たな解決策になり得る点で注目を集めている。
米国スタンフォード大学医学部の研究チームは、英国ウェールズの高齢者28万人超の大規模な医療記録を再分析した結果、帯状疱疹ワクチンを接種した人は接種していない人に比べ、その後7年間で認知症に罹患する確率が20%低かったと明らかにした。研究結果は2日、国際学術誌「セル」に掲載された。
認知症は世界で約5,500万人が罹患しており、毎年1,000万人以上の新規患者が発生する疾患である。最も一般的なアルツハイマー型認知症は、脳に異常なたんぱく質の塊が蓄積し、神経細胞が破壊される疾患として知られている。
数十年にわたり科学者はこのたんぱく質の変化を治療または予防しようと試みてきたが、目立った成果はなかった。そこで近年、研究者は新たな方向に目を向けている。神経系に影響を与えるウイルス感染が認知症リスクを高め得るという仮説である。帯状疱疹ウイルスもその候補の一つだ。
研究チームは、英国ウェールズの住民のうち認知症の診断歴がない71〜88歳の高齢者28万人超の医療記録を7年間分析した。その結果、ワクチン接種者は非接種者に比べて帯状疱疹の発生リスクが37%低下し、認知症の診断リスクは20%低下する効果を示した。2020年時点で全体の対象者の8人に1人が認知症の診断を受けていたが、ワクチン接種群では発症率が目に見えて低かった。
研究チームは、効果が予防にとどまらない点も確認した。認知症の初期段階とされる軽度認知障害(MCI)の発生も、接種者でより少なかった。とりわけ、すでに認知症の診断を受けた後にワクチンを接種した人では、認知症関連の死亡率まで低下した。9年間の追跡の結果、ワクチンを接種していない患者の約50%が認知症で死亡した一方で、ワクチン接種者は約30%にとどまった。
興味深いことに、認知症予防効果は男性より女性でより大きく現れた。研究チームは、女性の免疫反応が一般に強いこと、帯状疱疹が女性により多いことなどが影響した可能性を示した。
今回の研究が特別な理由は、英国ウェールズで実施された独特なワクチン接種政策にある。2013年9月、ワクチンの供給量が不足すると、政府はその年に79歳になる人にのみ1年間の無料接種機会を提供した。一方、当時すでに80歳以上だった住民は一度も接種対象にならなかった。
これにより研究チームは、誕生日がわずか1週間の違いでワクチン接種資格が分かれた二つの集団を比較できた。年齢、教育水準、生活習慣、基礎疾患などほぼすべての条件が同一の集団が、事実上「無作為に割り付け」られた形であった。研究チームはこれを「無作為化臨床試験にきわめて近い自然実験の条件」と評価した。
ただし正確な理由はまだ解明されていない。ワクチンが認知症リスクを下げる具体的な作用機序も不確かである。研究チームは、ウイルスの再活性化抑制、免疫系全体の活性化、あるいはまだ明らかになっていない他の生物学的経路など、複数の可能性を念頭に追加研究が必要だと強調した。
研究チームは今後、大規模な無作為化臨床試験を通じてワクチンの認知症治療効果を公式に検証する計画だ。パスカル・ゲルドセッツァー教授は「すでに安全性が検証された注射1回で認知症予防の可能性を試せる点が最大の希望だ」と述べ、「大規模な無作為化臨床試験を通じて因果関係を確定したい」と語った。
参考資料
Cell(2025), DOI: https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.11.007