日本の文豪ナツメ・ソセキ(1867~1916)は、1905年の小説『吾輩は猫である』を「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ」という一文で始めた。その言葉どおり、猫がどこから来て、いつから人間と共に暮らすようになったのかは、いまだ不明確である。
猫が人間の与える餌を食べながらも依然として距離を置き、自分だけの生き方を貫くのは、もしかすると猫が家畜化された時期が思ったほど長くなく、まだよそよそしいからかもしれない。これまで1万年前に中東で農耕文化が発達する過程で鼠を捕らせるために猫を家畜化したとされてきたが、今回、それよりはるか後になってイエネコ(学名Felis catus)が登場したという新たな研究結果が出た。
イタリアのトル・ヴェルガータ・ローマ大学の古遺伝学者クラウディオ・オットーニ教授の研究チームは「古代と現代の猫の遺伝子を解読した結果、イエネコが欧州に到達した時期は従来の考えよりもはるかに最近の約2000年前であり、これまで知られていたような中東の農耕文化の拡張が原因ではないことを突き止めた」と、28日に国際学術誌『サイエンス』で発表した。
◇2000年前になってようやくイエネコ出現
今回の研究は欧州研究評議会(ERC)の支援による、猫の起源を解明する国際共同プロジェクト「フェリクス(Felix)」の成果である。研究チームは、紀元前9000年から19世紀にかけて古代遺跡で見つかった猫のゲノム70件と、欧州・北アフリカ・アナトリア(トルコ)の博物館にある現生ヤマネコ標本から採取したゲノム17件を収集し、DNAを解読して比較した。
遺伝子解析の結果、今日のイエネコは北アフリカのヤマネコ(Felis lybica lybica)に由来することが判明した。その時期も、新石器時代の農耕文化が誕生してからだいぶ経った2000年前のことだった。その前の古代遺跡から出た猫は、欧州ヤマネコ(Felis silvestris)であることが明らかになった。
米国カリフォルニア大学デービス校の研究チームは2008年、15カ国で飼育される猫1100匹のDNAを解析し、イエネコが1万年前に中東で家畜化され始めたと発表した。当時提示した出現経路は次のとおりだ。1万年前に中東で農耕が始まると、穀物を狙って鼠がはびこった。アフリカヤマネコは鼠を求めて人間社会にやって来た。ただし犬のように人から餌をもらうのではなく、自ら鼠を狩って食料を得た。そのためか、猫は人間への依存度が犬より低かった。
今回の研究が示したシナリオはそれと異なる。イエネコは新石器の農耕文化が登場して数千年が過ぎた2000年前から、北アフリカのヤマネコが欧州と中東へ移住する中で現れた。イエネコが出現する直前、イタリア西方のサルデーニャ島で出土したヤマネコの骨は、イエネコよりも北アフリカのヤマネコに近いことが分かった。これは、猫がいなかったサルデーニャ島に人間がアフリカヤマネコを持ち込んだことを意味する。
DNA解析の結果を総合すると、北アフリカのヤマネコが人に伴われてアフリカから欧州へ移住し、イエネコとなった。続いてローマ軍の移動経路に沿って欧州全土へ広がった。西暦1世紀には英国にまでイエネコが到達したと研究チームは述べた。
◇考古学遺物と骨の間にある空白も
猫は犬と並ぶ人間に最も近い伴侶動物だが、出発点からまったく異なる。犬は約4万年前から狩猟民に付き従い、食べ物にあずかったオオカミに由来すると推定される。人間と共に暮らした時間が長かった分、DNAを解析できる骨も多く、オオカミと犬の遺伝的差異も大きいため区別しやすい。例えば犬は記憶関連の遺伝子が発達した。人の言葉を理解するには記憶力がより必要だったからだ。
一方、猫は人間と共に暮らした時間が犬より短いぶん、古代の骨が多くない。最古の猫の遺物は2004年、トルコ南方の島国キプロスで見つかった。9500年前の墓から人と猫の骨が一緒に発見された。キプロスの骨は1万年前から猫を家畜化した証拠と考えられてきたが、今回の研究チームは、キプロスの猫が最初のイエネコではなく、欧州ヤマネコである可能性が高いと明らかにした。
米国ワシントン大学生物学科のジョナサン・ロソス教授は、この日『サイエンス』に併載された論評論文で「今回、古代の猫のDNAを広範に解読し、イエネコの起源が北アフリカにあり、同地のヤマネコが過去数千年の間に欧州と西アジアへ移動したことを示唆する」としつつも、「古代遺物はそれとは異なる説明が可能であることを示している」と述べた。
実際、ギリシャとイタリアでは3700年前から猫を描写した遺物が出土している。3500年前のエジプトの壁画を見ると、当時イエネコを伴侶動物として飼っていたことが分かる。猫が死ぬとミイラにし、猫の頭部を持つ女神バステト(Bastet)も崇拝した。当時、猫は人間と共に船に乗って旅をすることもあった。
ロソス教授は「古代遺物と遺伝子解析の不一致は、2000~4000年前の古代の猫のゲノムデータが不足しているためかもしれない」と語った。DNAを解読できる骨が少ないだけでなく、猫が人間と共に暮らす中で変化した遺伝子も犬の3分の1水準にとどまる。ヤマネコとイエネコを区別するうえで限界があるという意味である。
獅子(猫科)の体に人の頭を持つスフィンクスは謎を出して人間を試した。ロソス教授は論評論文で「スフィンクスのように猫たちは自らの秘密をいやいやながら明かす」と述べ、「遠い昔の謎を解くには、より多くの古代DNAが必要だ」とした。今後、古代の猫の骨がさらに発見され、家畜化に伴って生じた遺伝子変異が新たに見つかれば、イエネコの出現時期と経路は再び書き換わる可能性がある。やはり猫はミステリアスな存在である。
参考資料
Science(2025)、DOI: https://doi.org/10.1126/science.adt2642
PNAS(2014)、DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.1410083111
Genomics(2008)、DOI: https://doi.org/10.1016/j.ygeno.2007.10.009
Science(2004)、DOI: https://doi.org/10.1126/science.1139518
Science(2004)、DOI: https://doi.org/10.1126/science.1095335