ソウル江南区の主要マンション整備事業が本格化し、代表的な再建築団地が前例のない記録を更新している。最近、江南区の再建築マンションの平均価格は史上初めて3.3㎡(坪)当たり1億ウォンの時代を開いた。半世紀前に土ぼこり舞う江南の原野に建てられた狎鴎亭現代や恩馬アパートなど代表的な再建築団地の初回分譲価格と現在の相場を検証した。
狎鴎亭現代は単なる居住団地を超え、韓国の富裕地帯の地勢を塗り替えた。1976年の1・2次を起点に1987年まで14個団地83棟、総6335世帯が入居した。狎鴎亭駅を過ぎて漢江方面に延びる論峴路を基準に、東側に狎鴎亭3区域(旧現代)、西側に狎鴎亭2区域(新現代)が向かい合っている。
新聞広告などによると、1976年の30坪台の初回分譲価格は865万ウォンで、坪当たり約28万ウォンだった。当時の新任公務員の年間総給与が約50万ウォンだった点を勘案すると、当時も高額だったことが分かる。これから約50年が過ぎた今、狎鴎亭現代の相場は初回分譲価の700倍になった。狎鴎亭現代3次の専有面積82㎡は昨年11月に60億7000万ウォンで売れ、実取引の最高値を更新した。
逆説的に、今日の狎鴎亭現代を作ったのは1978年に起きた一種の「スキャンダル」だった。初期は高い分譲価格と脆弱なインフラのせいで狎鴎亭現代には未分譲が発生した。ところが、社会の上位層と呼ばれる政治家・高位公務員らが狎鴎亭現代を特恵分譲で受けた事実が知られ、むしろマンションの格が大きく上がった。その後、1980年代の江南不動産市場の活況に支えられ、1989年には3.3㎡当たりの価格が約940万ウォンに達するなど、富裕地帯の代名詞として定着した。
狎鴎亭現代と並ぶ江南の住宅価格の代名詞とされる大峙洞の恩馬アパートも40年余りの間に価格が183倍上昇した。恩馬アパートの専有面積84㎡は昨年10月に4億3100万ウォン(13階)で売買契約が成立し、最高値を記録した。1979年当時の分譲価格は2339万ウォンで、3.3㎡当たり68万ウォンだった。当時の平均世帯所得が14万ウォン水準だったことを考えると、ここも相当に高い価格だった。
1979年の竣工当時だけ見れば、良才川沿いの湿地帯に建てられた4000世帯余りの大規模団地は「未分譲の沼」にはまり苦しんだ。分譲価格が高い上に世帯数が多すぎて、半分が売れないほどだった。しかし名門学校の江南移転とともに大峙洞の学習塾街が形成されると、状況は一変した。特に2001年末の大学修学能力試験(韓国の大学入試)が難化して私教育の重要性が切実になると、保護者と学生はこぞって大峙洞に殺到し、恩馬アパートの価格は青天井で跳ね上がった。
このように50年前にまかれた再建築の種は、時間の経過とともに老朽団地の価値がむしろ一般マンションを圧倒する現象を引き起こした。再建築団地に向けた市場の熱望は最近の統計にもそのまま表れている。特に整備事業が本格化し、新築への期待感が価格に反映されると、一般マンションとの格差は前例なく広がる傾向だ。
不動産R114の調査によると、昨年の江南区の再建築マンションの3.3㎡当たり平均売買価格は1億0784万ウォンだった。2024年(9243万ウォン)と比べて16.7%増加した。10年前の2015年(3510万ウォン)と比べると約3倍上がった。これに対し、再建築マンションを除く江南区の一般マンションの3.3㎡当たり平均価格は8479万ウォンだった。再建築マンションより約2305万ウォン低い。再建築と一般マンションの価格差は2015年の511万ウォンから、10年で3.5倍超に拡大した。
不動産業界では、長期間漂流していた再建築事業が動き始めたことで、この現象が深まっているとみている。最近、狎鴎亭一帯のマンションは相次いで施工会社の選定に動いている。4区域が施工会社の入札公告を出し、狎鴎亭再建築の最大案件とされる3区域と5区域も準備中だ。昨年は事業の進捗が最も速い2区域(新現代9・11・12次)が現代建設を施工会社に選定した。
1996年から再建築の議論が始まったものの数十年漂流していた恩馬アパートも、30年ぶりに時計の針が動き始めた。2022年に35階の高度制限が撤廃され、昨年12月に整備計画変更案の審議が通過したためだ。恩馬アパートは最高49階、総5893世帯(公共住宅1090世帯)規模へと新たに生まれ変わる予定だ。
整備業界の関係者は「江南の再建築団地は単なる既存建物ではなく、漢江沿いの立地と学区という不変の価値を土台に、過去50年間に韓国の富の移動を象徴する指標だった」と述べ、「ここに新築という希少性が加わり、資産の二極化が強固になっている」と語った。