2025年6月1日、その夜の作戦は大胆で欺瞞的だった。ウクライナ軍は民間貨物に偽装したトラックをロシア領深くに浸透させた。目標はロシア空軍基地5カ所。作戦名は「クモの巣作戦(Operation Spiderweb)」だ。
この日ウクライナ軍はトラックに隠した小型ドローンを遠隔操作で射出した。これらのドローンは数千億ウォンに相当するロシアの戦略爆撃機に向けて突進した。ウクライナは「ロシア空軍基地の攻撃に成功し、70億ドル(約9兆ウォン)規模の損害を与えた」と主張した。5000㎞以上離れた場所から数百万ウォンのドローンでロシア軍の中枢を揺さぶったというわけだ。
ロシア・ウクライナ戦争は「第一次ドローン戦争」とも呼ばれる。ドローンとソフトウエアは戦車と爆撃機の威信を引き下ろし、戦場は技術競争の場へと変わった。
戦争が技術発展を加速する逆説は、ウクライナ防衛分野のスタートアップに巨額資金が集まる予想外の状況を生み出している。4年にも及ぶ戦争の悲劇の中で、ウクライナは「防衛産業のシリコンバレー」という新たな呼称を得た。
シム・インボー在スイス韓人科学技術者協会(KSEAS)名誉会長(元ローザンヌ連邦工科大学教授、元東亜大学機械工学科教授)は「ウクライナがドローンを通じて費用対効果で極めて高い効率を上げられたのは、30年以上にわたり欧州のITアウトソーシング拠点として堅固なソフトウエア実力を培ってきたためだ」と述べ、「韓国の電子・機械産業分野のソフトウエア能力(アルゴリズムや機械学習など)はフィジカルAIから国防AIに至るまでいくら強調してもし過ぎることのないキーワードだ」と語った。
絶対的劣勢下の戦略兵器
2022年にロシアの侵攻が始まると、ウクライナは正面対決ではロシアに勝てないと判断し、空中無人戦力(ドローン)に国家資源を集中した。ウクライナ政府は民間IT企業はもとよりゲームやメイカーコミュニティまで取り込み、数百のドローンスタートアップとボランティアネットワークが生まれた。
開戦初期のウクライナのドローン製造技術は商用ドローンを改造する水準だった。しかし時間の経過とともにドローンは「戦略兵器」となった。
ホビー用小型ドローンにビデオカメラと爆発物を搭載した一人称視点ドローン(FPV)は「自爆ドローン」と呼ばれ威力を示した。さらに数百〜数千㎞級の長距離ドローン、海上ドローンや水中ドローンが続々と開発され、ロシアの黒海艦隊や潜水艦を攻撃した。
2023年、ウクライナは全ての旅団に無人航空機中隊を含め、2024年には世界で初めてドローン運用と戦術開発を専担する組織「無人システム軍(Unmanned Systems Forces、USF)」も創設した。
2025年11月、オレクサンドル・シルスキーウクライナ最高司令官は「ロシアへの攻撃のおよそ60%にドローンを使用している」と明らかにした。
ニューヨーク・タイムズは、2025年の戦況は3年前とは完全に異なる様相だと伝えた。ウクライナの約750マイル(約1200㎞)に及ぶ前線の野原には光ファイバーケーブルが敷かれ、ドローンは個々の兵士を狩るように追い回す。
いまや戦車を移動させることは極めて危険になった。数百ドルのドローン1機が数百万ドルの戦車を瞬時に破壊できるためだ。
欧州のコーディング工場の戦時経済
戦争前、ウクライナは「欧州のコーディング工場」と呼ばれていた。2021年時点で28万〜30万人の高技能IT人材が活動し、西側企業の複雑なアウトソーシング案件を遂行していた。ソフトウエア開発者が多数集積していた点は、ウクライナがドローン製造技術を迅速に高度化した秘訣の一つである。
ウクライナの既存IT企業も戦時体制に合わせた製品を相次いで投入した。ソフトサーブ(SoftServe)は救急車改造とサイバー防御を支援し、マックポー(MacPaw)はセキュリティアプリを配布し、エレクス(Eleks)は国防省の医療情報システムを構築した。アヤックスシステムズ(Ajax Systems)は空襲警報アプリを開発し、国民の生命線の役割を果たした。
従来の防衛開発が年単位の「ウォーターフォール(滝のように段階的に進行)」方式だったのに対し、ウクライナは週次単位の「アジャイル(短いサイクルで製品を開発しフィードバックを受け補完)」方式へ転換した。
2023年、ウクライナ政府は国防に使用可能なアイデアと革新企業を集めるため「ブレイブ1(Brave1)」というプラットフォームを作った。このプラットフォームは有望な防衛技術プロジェクトに政府補助金を支給し、部隊と製造業者をつなぐオンライン調達機能も備えた。
「不完全でも使えるなら使う」という実用主義が、兵器認証手続きを週次単位まで短縮した。高価な軍用規格の代わりに、市販の入手可能な部品を組み合わせ、コストを100分の1水準まで引き下げた。
2025年時点でブレイブ1には2000チーム以上が登録され、数百のソリューションがすでに前線で検証された。技術の種類もドローン、地上ロボット、電子戦、サイバーセキュリティ、ミサイル開発などに拡大した。
週単位のイノベーション構造
スタートアップ、前線の部隊、政府がリアルタイムのフィードバックループを形成すると、電子戦対処、自律飛行、スウォーム(群集)機能が数週〜数カ月で実戦に反映された。
最前線の兵士がメッセンジャーでバグと改善点を伝えると、開発者は数日でアップデートを配布する。メディアに公開されたドローン生産施設では3Dプリンターが24時間稼働し、エンジニアは現場でソフトウエアを即時に修正した。新たな搭載物は数日で試験飛行を経た。
ウクライナで創業4年目のドローンスタートアップ、TAFインダストリーズのオレクサンドル・ヤコベンコ創業者兼最高経営責任者(CEO)は「塹壕の中の運用要員と、会社の実験室のエンジニアが直接つながっている」と語った。
毎日前線の要員が、電子戦でなぜ失敗したか、どう生き延び、どの攻撃が成功し、どの試みが失敗したのかを知らせ、会社はそのフィードバックを即時に反映するという。この会社は2024年だけでFPVを37万機、最前線部隊に送った。
[Interview] ドローンを戦場のゲームチェンジャーにした若手起業家、オレクサンドル・ヤコベンコ TAFインダストリーズCEO
この過程で、民間技術が国防に迅速に移転される「民軍融合」が加速した。7月、ウクライナは外国の軍需企業の新兵器を前線で試験する計画—「ウクライナで試験してください」も打ち出した。企業が新兵器をウクライナに送れば、ウクライナ軍が当該製品を使用し、企業にフィードバックを提供する仕組みだ。
2024年時点でウクライナでは100万機以上のFPVを含む全てのタイプのドローンが約220万機生産された。2025年の生産目標は400万機に達した。これは欧州全体のドローン生産量を大きく上回る数値だ。
ウクライナのドローン産業の弱点は「サプライチェーンリスク」だ。モーター、バッテリー、通信モジュールなどの主要部品の相当部分を中国に依存している。生産能力自体は拡大したが、部品調達の滞りが即座に量産停止につながり得る。
巨額資金が流入
モスクワやロシア後方の空軍基地、黒海艦隊基地にまで打撃を与えたウクライナのドローン作戦が相次いで公開され、西側の視線がウクライナの防衛産業に注がれた。ウクライナに「ドローンスーパーパワー」「防衛産業のシリコンバレー」という呼称が付き始めた。
とりわけ、ウクライナの防衛スタートアップへの資本流入が増えている。ウクライナの防衛スタートアップが戦時の補助金と寄付に依存する段階を脱し、自律的な資金調達能力を備えつつあるシグナルだ。
ブレイブ(Brave1)の予備数値によると、2025年にウクライナの防衛技術スタートアップ約50社がベンチャー投資とエンジェル投資を合わせて1億500万ドル以上を確保した。
スウォーマー(Swarmer、1500万ドル)、テンコア(Tencore、374万ドル)、ドロプラ(Dropla、275万ドル)などが代表的だ。今年、欧州の防衛スタートアップが総額2億ドル相当の資金を調達したが、その相当部分をウクライナのスタートアップが占めた。
米国のMITSキャピタル、グリーンフラッグ・ベンチャーズ(Green Flag Ventures)などはウクライナに現地拠点を設け、投資を拡大した。グーグル前最高経営責任者エリック・シュミットがD3ファンドを通じてウクライナのドローンスタートアップに投資した事実が明らかになった。
ドイツのラインメタル(Rheinmetall)は2024年、ウクライナ国営防衛企業と合弁会社を設立し、現地で4カ所の工場を建設中だ。この工場は海外装備を迅速に修理して前線に送る役割を担う。今後は装甲車も生産する計画だ。
トルコのバイカル(Baykar)はキーウ近郊に大規模なドローン工場を建設した。バイカルは機体製造技術を提供し、ウクライナは自国の航空エンジン技術を供給する。
米国ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)は中口径弾薬の共同生産協定を締結し、フランス・ドイツの合弁企業KNDSは「KNDSウクライナ」を設立した.
アンナ・グボズディアルウクライナ国防省次官はKIEF(Kyiv International Economic Forum)2025で「ウクライナは世界の防衛産業変革の原動力として浮上した」と述べ、「小規模製造業者でも前線で実質的な差を生み出すシステムと経験に、世界が注目している」と強調した。
ウクライナは2023年から国際防衛産業フォーラム(International Defense Industries Forum)も開催し、防衛技術をPRしている。今年のフォーラムには20余りの国から2000人余りが参加した。
欧州シンクタンクのブリューゲル(Bruegel)は報告書で、ウクライナが戦後「欧州の兵器庫」として地位を確立すると見通した。低廉な生産コスト、熟練した技術人材、そして実戦で蓄積された膨大な戦闘データが理由だ。
+Plus Point
ウクライナは現代戦の教科書を書き換えたが、国家財政は実質的に限界線に近づいた。戦争が4年目に入り、米国の財政支援の大半が途絶えたためだ。
12月19日、欧州連合(EU)は2026〜2027年にウクライナへ総額900億ユーロ(約156兆ウォン)規模の無利子融資を提供することで合意した。ウクライナの財政危機を放置し続ければ、ロシアの脅威が欧州全域に広がり得るとの懸念からだ。
足元ではロシアのドローンによる反撃も侮れない。夜間には数十〜数百機のドローンを同時投入し、ウクライナの防空レーダーを消耗させる戦術を繰り返している。
とりわけロシアは今年に入り、ジャミング(電波妨害)の影響をほとんど受けない光ケーブルドローンを大量投入し、ウクライナの補給路や後方車両、装甲車を低高度から精密に攻撃した。このドローンは飛行と同時に細い光ファイバーケーブルが繰り出され、操縦器と物理的に接続された状態を維持する。
米国は終戦に向けた交渉をロシア、ウクライナと進めている。12月24日、ウクライナは現在のロシア・ウクライナの前線を凍結し、非武装地帯(DMZ)設置の交渉を開始するという終戦案を米国と協議した。