アヤトラ・アリー・ハメネイの肖像/News1

イランが米国建国250周年の記念日である4日(現地時間)から、アヤトラ・アリ・ハメネイ前最高指導者の葬儀を開始する。米国・イスラエルの空爆で死亡してから126日ぶりだ。葬儀は1週間にわたり首都テヘラン、シーア派の聖地マシュハドなどで行われる。

アヤトラ・ハメネイの遺体は前日、テヘラン市内の大型礼拝場であるイマーム・ホメイニ・モサッラへと運ばれた。

4日から2日間、一般市民がテヘラン・モサッラに安置された彼の棺の前を通って追悼する方式で弔問する。続いて6日にはイラン中部の宗教都市コムに移して弔問行事を続け、7日にはイラクのシーア派聖地カルバラをはじめ、バグダッド、ナジャフで葬儀が厳粛に執り行われる。続いてイラン北東部のシーア派の聖地でありアヤトラ・ハメネイの故郷であるマシュハドのイマーム・レザー聖地で9日に行われる埋葬行事で葬儀日程が締めくくられる。

イラン政府は4〜5日にテヘランで開かれる弔問行事に、イラン人口の20%を超える最大2000万人が集まると見込んだ。1989年6月に執り行われた初代最高指導者アヤトラ・ルホラ・ホメイニの葬儀当時、テヘランに1020万人が集まったことがある。

テヘラン市は弔問客のためパン5000万個を準備し、首都圏内のモスク約5000カ所と学校700校を宿泊施設として開放した。この期間、テヘラン市内の商店は強制休業となる。

葬儀に出席するため約100カ国から200人の高位級弔問団がイランを訪れる。イランと米国の終戦交渉を仲裁しているパキスタンからは国家元首であるシャハバズ・シャリフ首相が直接弔問することにした。中国は最高立法機関である全国人民代表大会(全人代)常務委員会のホー・ウェイ副委員長が葬儀に出席する。イラン政府は約600人の海外メディア記者も招待した。

イラン当局は今回の葬儀のスローガンを「必ず立ち上がる」と定めた。葬儀を米国とイスラエルへの報復を誓う契機とするという意図だ。テヘラン市内にはアヤトラ・ハメネイの生前の姿とこのスローガンが記された横断幕が各所に掲げられた。

死亡後遅くとも48時間以内に埋葬するのがイスラムの慣習という点で、アヤトラ・ハメネイの葬儀日程は相当に遅れた。葬儀を狙った米国・イスラエルの攻撃懸念を考慮した判断とみられる。

イラン当局は停戦中ではあるが、イランの指導部が大挙集結する今回の葬儀を狙いイスラエルが奇襲行動に出る可能性があるとみて、葬儀会場であるモサッラ周辺を事実上封鎖した。また各所に軍兵力と狙撃手を配置し、万一の事態に備えている。

米国が独立250周年を記念する祝祭日に超大型の国葬を執り行うことにしたのは、米国を狙った政治的メッセージを含む日程だという見方も出ている。

※ 本記事はAIで翻訳されています。ご意見はこちらのフォームから送信してください。