「ニュースは止まらない」という信念で現代メディアの版図を変えたメディア界の巨人テッド・ターナーが6日(現地時間)、87歳で死去した。歯に衣着せぬ毒舌で「南部の口(The Mouth of the South)」と呼ばれたターナーは、既成の権威に絶えず挑み、メディア・スポーツ・環境をまたいだ時代の風雲児だった。

1982年、CNNセンターの自室の机に座るテッド・ターナーの姿。/AP

◇ 悲劇的な家庭史を乗り越えた勝負師

1938年にオハイオ州で生まれたターナーの人生は、出発から順調ではなかった。アルコール依存に苦しんだ父親は、ターナーが24歳だった1963年に自ら命を絶った。借金漬けとなっていた広告会社を突然相続したターナーは、売却ではなく自ら経営を選び、周囲の懸念を嘲笑うかのような卓越した手腕で家業を再建した。

ターナーの勝負師気質は、1970年代に衛星放送の潜在力に着目し本格的に表れた。アトランタの慢性赤字局を買収した後、これを衛星で全米に送出する「スーパーステーション」を構築し、野球中継などのコンテンツで視聴者を引きつけた。これは後にCNN誕生へとつながる足場になった。

◇ CNN、嘲笑を確信へと変える

ターナーの人生で最大の賭けは、1980年に発足した世界初の24時間ニュースチャンネルCNNだった。ターナーは「夕方のニュースを見逃す人が多い」として24時間ニュースチャンネルの必要性を強調したが、当時の業界では「誰が一日中ニュースを見るのか」という冷笑が支配的だった。

しかしターナーは退かなかった。1982年にCNN2(現ヘッドラインニュース)、1985年にCNNインターナショナルなどを相次いで発足させ、事業を拡大した。CNNは「すでに起きた事件」ではなく「今起きている事件」を伝える手法でニュースの概念を変えた。

転機は1990年の湾岸戦争だった。砲火の中のバグダッド現場をリアルタイムで伝えたCNNは、各国首脳が真っ先に見るチャンネルとしての地位を確立した。ジョージ・H・W・ブッシュ当時大統領は「私は中央情報局(CIA)よりもCNNから多くを学ぶ」と語った。CNNはこの戦争を機に「全世界が同時に見るニュース」という概念を現実のものにした。

ターナーはその後、アニメ・映画チャンネルなどへ事業を拡大し、メディア産業の中核人物として台頭した。長期価値があると見れば高額買収もいとわず、1986年にはMGMを買収した。1996年にターナーは会社をタイム・ワーナーに売却し、世界最大のメディアグループ形成に寄与した。

◇ 論争と凋落、そしてもう一つの人生

ターナーは奇行と論争でも有名だった。直截的な言動で「南部の口」という異名を得て、ルパート・マードック(現フォックス・コーポレーション名誉会長)などの競争相手と公然と衝突した。三度の結婚と離婚を繰り返すなど私生活も絶えず口の端に上った。俳優ジェーン・フォンダとの結婚は特に注目を集めた。

晩年の経営の歩みは平坦ではなかった。2001年に断行したAOLとの合併は「歴史上最悪の失策」と評価され、ターナーはこの過程で資産の大半を失った。2003年にはついに取締役会から退いた。

その後ターナーは慈善と環境保護に力を注いだ。国連に10億ドルを寄付し、米国各地で広大な土地を買い集めて自然保護区として整備した。絶滅の危機にあったバイソンの保護にも寄与した。

ドナルド・トランプ大統領は「ターナーは歴代最高の人物の一人だった」とし、「私がターナーを必要とする時はいつもそこにいて、常に善い大義のために喜んで戦おうとした」と述べて哀悼した。

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